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2012_07
09
(Mon)14:47

仙台にて ~3~

仙台市若林区荒浜を後にし、荒浜地区の住民の方々が生活をする仮設住宅へ向かいました。


   コピー ~ P1000698
                            
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                           P1020600.jpg

平野部としては最大級の10メートルに及ぶ津波に生活の全てを奪われ、まだ行く末も定まらない方々が

暮らしています。

   コピー ~ P1000723

仮設住宅内の集会所前の広場です。

茶色の建物は集会所です。

   P1020631.jpg

被災した方々が暮らす仮設住宅。

   P1020632.jpg

一人の男性が住宅内を歩く私たちを怪訝そうに見ていました。

名刺を渡し17年前に淡路で被災したこと、震災記念公園の職員であること、

2回の災害派遣に続き3回目の仙台だということ、

現在の状況を視察していることを説明すると快く集会所に招いて下さいました。

   P1020633.jpg

当時の様子や、仮設住宅内での地域の活動などお話して下さいました。

   P1020636.jpg

荒波の土地を盛って高くすることで再び住めるようになるかも知れないと考えられた方が造った模型です。

   P1020635.jpg

しかし・・・

荒波地区は“災害危険区域”とされています。

戻りたくても戻ることのできない場所となってしまいました。

住民の帰りたいという希望。

もう住ませることは出来ないという行政。

荒浜地区の後に仮設住宅を訪れ、現状を見てきたばかりの私は

笑顔で住民の方々のお話に返事が出来きず、涙が出てくるのを堪えることができませんでした。

                  記 M・O




C.O.M.M.E.N.T

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