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2012_07
17
(Tue)11:35

仙台にて ~5~

この光景は衝撃でした。

もの言わぬこの建物を見ただけで当時の惨状が目に浮かびます。

この防災対策庁舎は高さ12mの3階建てです。

津波はこの建物より約2m超えて住民と職員を襲ったのです。

人々が必死につかまった屋上のフェンスは無くなっていました。

   P1020671.jpg

この日案内して下さったのは宮城復興支援センターの事務局長船田氏。

当時から何ヶ所をの避難所を回り、必要な物資を届けることから始め、時と共に多様化する支援活動を

されていらっしゃいます。

   P1020672.jpg

人々は屋上のフェンスやアンテナにしがみつきましたが津波の力は想像をはるかに超え、

アンテナに摑まることができた人と非常階段の手すりで必死に耐えた人たちだけが助かりました。

   P1020673.jpg

職員の女性はは防災対策庁舎の2階の放送室から防災無線で住民に避難を呼び掛け続けました。

津波が迫ったため放送室を出た後、行方が分からなくなり、4月に遺体が発見されました。

亡くなる前年に結婚したばかりでした。

   P1020680.jpg

ある男性は3分くらいは頭の上を波が超えており、

2,3秒頭が水の上に出る時に息を吸いそれを繰り返し助かったということです。

庁舎から写真を撮り続けた男性は非常階段の手すりにつかまり柵に足を絡めました。

津波の猛烈な流れに押され、水位がどんどん上がり何度も顔が水に沈み死を覚悟したその度に

副町長さんに胸ぐらをつかまれ引き寄せられ助かったそうです。

   P1020677.jpg

第一波のあと多くの人が消え、生存者はわずか10名でした。

   P1020676.jpg

この庁舎を震災の記憶を留めるために残すという計画がありましたが取り壊しが決まりました。

   P1020678.jpg

昨年の3月11日、想像を絶する時間がここで過ぎていました。

助かった方、亡くなった方、大切な方を失った方。

津波は家も財産も人の心も何もかも海の彼方に持って行ったのです。

                         記M・O




C.O.M.M.E.N.T

生々しい写真ですね。
当時の様子が伝わってきます。
このような惨事は風化させてはいけません。

北淡震災記念公園スッタフのみなさん
これからも頑張って下さい。

2012/07/15 (Sun) 14:56 | H・S #- | URL | 編集 | 返信

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