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2012_08
17
(Fri)17:24

仙台にて ~12~

この日最後の訪問地は石巻市立大川小学校です。

宮城県が2004年3月に策定した第3次地震被害想定調査による津波浸水域予測図では、

津波は海岸から最大で3km程度内陸に入り、

津波は来ないとされている大川小学校は避難場所に指定されており、

近所の住民の方々も避難していました。

  P6291473.jpg

裏山と三角地帯が避難場所の候補となり山へ逃げるという意見と、

約200m西側にある周囲の堤防より小高くなっていた新北上大橋のたもと(三角地帯)へ避難するという

意見が分かれましたが、最終的に新北上大橋のたもと(三角地帯)を目指して移動し始めました。

   P6291472.jpg

地震発生後、およそ50分経った15時36分頃三陸海岸、

追波湾の湾奥にある新北上川河口から約5kmの距離にある当校を襲いました。

堤防を乗り越えた巨大な津波が児童の列を前方からのみ込みました。

列の後方にいた教諭と数人の児童は向きを変えて裏山を駆け上がるなどして、一部は助かりましたが

児童108名中74人と教職員10名が死亡しました。

目指した新北上大橋のたもと(三角地帯)も津波に流されています。

   P1020741.jpg

船田さんの話を聞いている我々の表情は暗くなり、

心に何か重いものが引っ掛かりました。

   P1020740.jpg


   P1020739.jpg

学校のすぐ近くのこの裏山に逃げていれば。

何故200メートル離れた川の近くに行くことになったのでしょう。

   P1020748.jpg


子供の声が聞こえなくなった静かな校舎に数人の女性を見かけました。

静かにプランターの花に水を上げ、ほうきで掃除をしていました。

   P6291474.jpg

ここに来ると必ず亡くなった子供の家族の方にお会いするんです。

と、船田さん。

   P1020747.jpg

ここに来てどう思ったか。

ここに来ただけで分かるはずもありません。

あの日、自分の子供を失った方の気持ち。

今だに孫を探し続ける方の悲しみ。

私に理解できるわけがありません。

P1020745.jpg

ここには人々の慟哭が残っているようでした。

記 M・O

C.O.M.M.E.N.T

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